コラム
プロフィール
武田 剛
- FHA上級シューフィッター(上級シューフィッター)
- シューフィッター養成講座実技指導員
なぜ今の上履きが昔のままなのか(2022/07/08)
みなさんは「上履き」と聞いて、どのようなものをイメージしますか?
例えばキャンバス地で甲の部分にゴムバンドがあって、薄いゴム底を貼ったような履物。
私が約40年前に履いていたのは、そんな上履きでした。そして時は流れ今から数年前に私の子供が履いていたのも、素材は多少違いますが私が履いていた40年前と大きくは変わらないものでした。
昨今、上履きが子供の健康や成長に対して、どのような影響を及ぼすか様々な発表がされています。その中でいろいろな問題が取り上げられ、改善に向けた提案もなされています。
しかし、その改善に向けた取り組みはなかなか進んでいっていないように感じます。なぜ、子供の上履きは昔から変わらないのでしょうか。その理由を少し考えてみたいと思います。
多くの上履きは「学校」の中で使われています。学校によっては上履きに指定があり、自由に選ぶことができません。また、指定はなくても学校という場所で使用するにあたり、どうしても「みんなと違うものは嫌!」といった意識が子供たちに働き、みんな同じ上履きを使い続けるということが見受けられます。この「学校」という環境が変化を遅らせている要因であることは間違いないでしょう。
初めて子供たちが上履きを必要とするのは保育園や幼稚園といった幼少の時代になります。
その時、履物の機能として重要視されるのは誰でも脱ぎ履きが簡単にできるということです。そうなると、サッと履ける昔ながらのスタイルが重宝されるのもわかる気がします。
初めて履いた上履きは、その後の生活においても子供たちにとって上履きのスタンダードになります。そして、その後もずっと子供たちはそれを自分のスタンダードとして選び続けていくのです。この小さい時に「サッと履ける」ということが重要視される環境が変われば上履きも変わるかもしれませんが、なかなか難しそうですね。
上履きが昔から変わらない理由は値段にも原因があります。現在、購入される上履きは比較的安価なものが中心です。大体2,000円くらいまでではないでしょうか。安いものだと1,000円以下、500円程度のものもあります。この価格の壁が変化を邪魔しているのです。実際にこの価格帯では、上履きメーカーも機能的に進化させた新しい提案をするのは難しいでしょう。現状を維持するのが精一杯というのがメーカーの本音だと思います。
このように上履きが昔のままである理由は幾つかあげられます。しかし、昔から変わらない大きな理由は、何といっても世間一般の上履きに対する関心の低さです。
よく考えてみると、子供にとって一日の中で一番長い時間履いている履物は上履きではないでしょうか。しかしながら室内で履く上履きは外履きに比べ関心があまり高くありません。やはり内で使うものと外で使うものとでは関心の高さは変わるのでしょう。加えて、毎日、玄関で見る外履きと違い上履きは一週間に一回、小学生なら3か月に一回くらいしか家に持ち帰らず、見る頻度が少ないのも関心が高まらない要因かも知れません。しかし上履きは子供の健康や成長にとって大切なものであり、もっと関心を持たなければいけないものなのです。
長い時間を共に過ごす上履きは、当然、子供に与える影響も大きくなります。
その影響の中には、身体的な影響だけではなく靴をしっかり履くという習慣や正しいサイズに対する感覚を身に着けるといったことが含まれます。
子供の足は柔らかく、また左右差も大きい傾向にあります。そのような足にサッと履けるスリッポンタイプではピタッと合わせるのがとても難しいのです。正しいサイズ感覚や靴の履き方などを覚えてもらう為には、甲の部分に面ファスナーなどで調節できるベルトが付いているタイプの方が良いですね。長い時間を子供と共に過ごす上履きにはそのような重要な役割があるのということを理解してもらえればと思います。
上履きは子供の成長や健康に影響を与え、生活習慣に対しても大きな役割を担っています。
そう考えると、上履きはもっと自由に選べる必要があります。一人一人が色々な選択肢から用途目的に応じて選ぶことができるということが重要です。上履きは室内で使うスリッパではなく子供たちの足を守る歴とした靴だという認識をしなければいけません。
このようにいろいろと課題を抱えている上履きですが、歴史を振り返ってみれば少し違う印象になるのではないでしょうか。
学校で外履きから上履きに履き替える2足制になったのが1800年代後半だと言われています。その後、1950年頃には。私たちが良く知る薄いゴム底に布製のアッパー、そしてVの字にカットされたゴムが甲の部分に取り付けられた今のスタイルの上履きが登場しました。
靴の作りとしては現在でも一般的に採用されている加硫製法という作り方です。現在の運動靴はセメント製法という接着剤を使用した作り方が主流ですが、当時、運動靴は加硫製法で作るのが一般的でした。上履きとして採用されたその履物は、当時では先端の技術で作られた運動靴だったのです。決して安価なものでも、簡易的なものでもありませんでした。その当時、子供たちにどのような履物を提供するべきかを考え選んだのが、その上履きだったのです。
上履きは昔のスタイルのまま今も選ばれ続けています。長い間、変わらず使われているものに変化をもたらすのは難しいことかもしれません。
しかし、子供たちの生活スタイルや、体格、そして求められる役割等は大きく変化しています。また、靴の生産技術に関しても飛躍的に進歩しています。やはり、上履きもそれらの変化に合わせて変わっていかなければいけません。
その為にも、少しでも多くの方に上履きの大切さを知っていただくことが必要です。体操服や赤白帽子を買うのと同じようにパッケージのサイズだけ見てパッと選ぶのではなく、やはり子供の足に合わせ、いろいろなスタイルの上履きの中から子供の成長に合ったものを選ぶべきだと思います。
今も使われ続けている上履きを考えた70年前の人たちは、その当時の子供たちの生活に合わせ、子供たちの未来を考えて選んだのだと思います。
その「子供たちのことを考えて選ぶ」という思いは変えないままに、上履きの姿、形は時代の流れや役割の変化と共に変えていくということが大切なのではないでしょうか。
今の上履きに関して。まだまだ課題はいっぱいあります。やはり上履きは子供にとって、とても大切な履物です。これからも子供たちの健やかな成長に寄り添う履物としてあり続けてほしいと思います。
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